人と同じことをしていたら勝てないのは当たり前

人と同じことをしていたら勝てないのは当たり前

勝つためには独自性が必要不可欠

ガイルです

私事で恐縮ですが

現在の僕は麻雀で生活しているといっても過言ではないほど

麻雀で勝つことができています

まあ、麻雀なんて知らないという人がほとんどだと思いますが

ちょっと戦略性があるじゃんけんやポーカーみたいなもんです

一般的には運が7割で技術が3割なんて呼ばれるほど、運に左右されるゲームで

始めたばかりの初心者が何十年も麻雀をやっている人に勝ててしまうほど運の要素が強いゲームです

そんな運の要素が大半を占めるゲームで

なぜ僕だけが、長い間勝ち続けられているのか?

それには理由があります

セオリーではなく確率と状況を重んじる

ゲームに勝つには、ゲームのルールやセオリーを熟知しておく必要があります

当然、麻雀にも様々なセオリーがあります

ゲームにおいてセオリーや定石と呼ばれるものは試行錯誤の果てに研究されたものが多く

大体セオリーは重要で正解であることが多い

でも、僕はセオリーは全く重視していない

セオリーは知ってはいるが、状況に応じて無視するというのが正しいだろうか

例えば麻雀では良型でテンパイを取り

愚形のテンパイは避けるというのが一般的に常識となっている

確かにその通りである

でも僕は一般的にはダメだといわれる愚形でもガンガンとアガリに向かうことの方が多い

そうすると僕の麻雀を見た人は

「そんなので、リーチするのか」

とか

「よくそんな手でアガれるよな」

といった批判をよく受ける

確かにセオリーを重んじる人からしたら異質な麻雀だと思う

そういう人は、麻雀は良型のテンパイをして勝つものであるという考え方に支配されているからだ

でも、結果は僕が勝っている

それが答えである

結果が全てです

セオリーを重んじる人は、セオリーが常に正しいと思いがちでそれ以外には常に否定的になりがちである

事実、僕の麻雀は批判をよく受ける

でも僕もセオリーを重要視していないわけではないし、むしろ誰よりも理解しているつもりだ

でも僕が一番重視するのは確率と状況である

より良い確率で勝つために計算して行動する

状況に応じて押し引きを考える

だから状況や確率によっては

セオリーでは引くべきところで押し切って勝つということが多々ある

自分では確率と場況を計算に入れ最善な行動をとっているだけである

結果は僕が勝つのだから、僕の考え方や計算がより正しく、正解に近い答えを導き出せているということである

だが、セオリーに支配されている人はそれが理解できないのだ

「なんであんな行動をして勝てるんだ?」

「あいつは運がいいだけ」

そう思われて終わりである

勝つためのこの感覚は自分しかわからない

勝っている人の考えは理解されない

プロゲーマーの梅原さんが著書で話していたのが

パッと見て

「あいつは、強い」

とわかるのはまだまだで

「なんで勝っているのかわからないが、なんか強い」

というのが一番強い

という話をしていた

パッと見て強さがわかるというのは真似ができる強さってことである

どこが強いか一目でわかり、だれもが真似することができる強さである

でも、なんかわからないけど強い

っていうのはその人がなぜ勝てているのか?なぜ強いのか?が理解できないわけだから

その人を誰も真似することができない

真似できない強さということです

僕の麻雀は誰にも理解されない

初めは批判を受けるたびに僕は

自分では最善の行動をとっているだけなのになぜ理解されないのか?と孤独感に苛まれることもあったのだが

現在は気にしていない

というか

一目見て僕の麻雀が理解されるようなレベルだったら

誰でも真似して僕と同じように勝てるようになってしまうだろうなあと思うようになった

勝っている人の考え方は理解されないというのは長年の経験でわかってきた

僕が批判を真に受けて麻雀をセオリー重視の打ち方に変更したら

たちまち勝てなくなってしまうだろう

セオリーは甘い蜜のようなものである

他の人が正解だとハンコを押してくれているのだから、真似をするのは簡単で失敗も少ない

他の人と一緒というのは安心で居心地がいいものである

でも、人と同じことをしていたら勝てないのは当たり前である

勝つためには批判を恐れずに、独自の勝つための方法を構築する必要がある

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